「普通の国」になること


 日本の安全保障における問題点を具体的にいくつか挙げてみましょう。

 

 まず専守防衛です。専守防衛とは、自衛隊の基本的な軍事戦略で、決して相手国に先制攻撃を行わず、侵攻してきた敵を自国の領域でのみ撃退する方針のことです。

 

 例えば、北朝鮮が日本に向けて弾道ミサイルを発射しようとしていることが明らかになったとします。実際にミサイルが飛んで来れば、100%の確率で撃ち落とすのは不可能です。もしミサイルに核が搭載されており、一発でも東京周辺に着弾すれば、数千万人の人々が犠牲になるでしょう。

 

 普通に考えれば、ミサイルが発射される前にその基地をたたくべきです。ところが日本では、これができません。別に憲法9条が禁じている訳ではないのですが、「日本は先制攻撃をしない」と1970年に決められ、これが今なお維持されているからです。つまり日本の防衛戦略は、もし戦争が起きれば多数の国民が犠牲になることを前提に作られているのです。

 

 次に、国際社会における問題です。国連では、不当に平和を破壊した国に対して、国連加盟国が軍隊を出し合い、集団で制裁する体制を敷いています。これを集団安全保障といいます。全国連加盟国を敵にまわして不当な戦争を始める国などないだろうという考えで作られました。

 

 しかし、集団安全保障で国連軍を出動させるには、一定の時間がかかります。この間に何もしなければ、甚大な被害を受けるかもしれません。そこで国連は、その間であれば、軍事力を用いて自国を守る権利を認めました。これを個別的自衛権といいます。

 

 ただ世界には、経済事情などで十分な軍事力を持てない国がたくさんあります。そこで国連は、こうした国が他国と同盟を結び、協力して国を守る権利を認めました。これが集団的自衛権です。

 

 日本は間違いなく集団安全保障、そして集団的自衛権の恩恵を受けています。在日米軍も、集団的自衛権に基づいています。ところが日本は、集団安全保障に参加できません。集団的自衛権に関しては、平和安全法制で部分的に行使できるようになりましたが、かなり厳しく制約されています。

 

 国際社会が協力して平和を守ろうとする中、日本だけが「協力はしない」と言っているのです。恩恵は受けるが義務は果たさない。これで「国際社会において、名誉ある地位を占め」ることなどできるのでしょうか。 

 

 他にも多くの問題がありますが、根本的には、これらの問題の最大の原因は憲法9条にあります。日本に求められているのは、まずは国際社会における「普通の国」になることなのです。