安全保障に関する基本的な認識


 安全保障とは、文字通り安全を保障することです。基本的には、国家や国民を他国の戦争から守ることをいいます。日本の安全保障はまだ不十分であり、より強化しなければなりません。

 

 しかし日本の左翼勢力は、その反対意見ばかりを声高に訴えています。日本が安全保障を強化すれば、まるで軍国主義が始まるかのような極端な意見も少なくありません。

 

 彼らの主張には大きな問題点があります。それは、安全保障を論じる上で必要な、国際社会に対する基本的な認識が欠けているということです。

 

 国際社会では、第二次世界大戦が終結する頃に、「二度と戦争を起こさない世界にするためにはどうしたらいいか」ということが話し合われていました。そして創設されたのが国際連合国連)でした。国連では、第一次世界大戦の反省から、軍事力の行使も認められました。こうして多くの人が、国連によって平和な世界が築かれるのではないかと考えました。そしてこの理想に基づいて作られたのが日本国憲法でした [1]。

 

[1] 憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」などにはっきりと表れている。 

 

 ところがこの理想は、瞬く間に崩れ去りました。それは、国連の最も重要な意思決定機関である安全保障理事会の常任理事国の中に、共産主義国家ソ連中国が入ってしまったからです。これは、アメリカが共産主義の脅威を見抜くことができなかったという致命的な失敗がもたらしたものです。

 

 共産主義国家の目的は世界の共産化です。そのためには戦争も厭いません。こうして始まったのが東西冷戦でした。

 

 その後の国際社会では、自国を守るためには軍事力を強化する、それができなければ他国と同盟を結ぶしかなくなりました。日本の場合は、憲法で軍事力を持つことが禁じられたので、アメリカと同盟関係を結ぶことになりました。

 

 この状況は東西冷戦が終わった今も変わっていません。むしろアメリカのプレゼンス(軍事的・経済的影響力)が低下し、中国や北朝鮮の脅威が増しているため、危機がより高まっています。

 

 日本の平和と安全を守るためには、安全保障を強化しなければなりません。国際社会を正しく認識すれば、当然の結論です。