日本共産党の正体② いまだ破防法監視下に


暴力性隠す「ソフト路線」

 次に、戦後の共産党の動向である。戦後の日本では、生活条件が荒廃し、労働者の組合への加入率(組織率)が非常に高かった。そしてここに入り込んだのが、牢獄から釈放された多くの党員たちだった。

 

 彼らは暴力的な労働運動(ストライキなど)を展開する一方、警察や機動隊への反発心を煽り、権力への憎悪心を抱かせて組合員らをオルグ(勧誘)した。現在も、これと全く同じ手法が沖縄などで行われている。こうして彼らは勢力を急速に拡大させ、1949年の衆議院総選挙では5議席から35議席にまで躍進した。

 

 その後、日本共産党は暴力革命や軍事組織化を正式な路線として採択した(51年綱領)。そして党員らは、金融機関や銃砲店を銃撃して資金や武器を確保し、各地で列車の爆破や交番の襲撃、警官の撲殺、火炎瓶による襲撃などを行った。極めて過激なのだが、共産主義思想を忠実に実行に移せば、そうなるのは当然である。国民はこれに強く反発、次の総選挙(52年)で候補者が全員落選。そこで51年綱領を廃止し、ここに日本共産党のイメージチェンジ、つまり「ソフト路線」が始まった。

 

 しかし、「(国家権力との闘争が)平和革命になるか否かは敵の出方による」という「敵の出方論」を否定しない。公安調査庁は、これを根拠に日本共産党を、いまだ破壊活動防止法の調査対象団体から外していない

 

 なお、宮本路線に反発した勢力は、ブントなどより過激な「新左翼」を形成。その一つが連合赤軍だ。毛沢東思想に傾倒し、山岳アジトでの軍事訓練中に12人の「同志」を「総括」と称しリンチ殺害した上に、最終的に長野県の「あさま山荘」に立て籠もり、警察と9日間の銃撃戦を続けたのである。

 

 最後に、現在の共産党の綱領を見てみよう。天皇制の否定、日米同盟破棄、自衛隊の段階的廃止などが明記される。そして彼らはそれを、他の勢力とともに民主的な方法で実現し(民主連合政府による民主主義革命)、次の段階で資本主義を打倒するという(社会主義的変革)。これは二段階革命論と呼ばれている。現在、民進党や社民党、自由党が共産党と共闘している。だが実は、この二段階革命論に共鳴あるいは理解する政治家も少なくない。

 

(「世界思想」2017年6月号より転載)

 

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