防衛費1%枠に縛られない、真に国民を守る体制が必要


 安倍首相が3月2日、「GDP(国内総生産)1%以内に防衛費を抑える考え方はない」と述べました。参議院の予算委員会で、維新の会の片山虎之助議員の質問に答えたものです。

 

 この背景には、「防衛費1%枠」という考え方があります。1976年に当時の三木内閣によって閣議決定された政策で、その年の防衛予算はGDPの1%以内に抑えるべきというものでした。1986年に当時の中曽根内閣が撤廃しましたが、結局これまで防衛費がGDPの1%を超えたのは、その直後の3年間しかありませんでした [1]。

[1] 1987年が1.004%、翌年は1.013%、翌翌年は1.006%だった。

 

 マスコミやリベラル勢力の間では、防衛費をGDP比1%以上にすることには強い抵抗があります。インターネット上には「軍国主義復活」などという批判もあります。しかしこれはおかしな話です。

 

 まず現在では、「1%枠」には何の法的根拠もありません。そして、防衛費が周辺の安全保障環境によって変化するのは当然です。危険性が全くなければ極力下げればよいでしょうし、逆に状況が厳しくなれば、それに応じた体制を整えるべきです。このことは憲法前文の「平和的生存権」[2]、13条の「生命・自由・幸福追求の権利」[3] から見ても当然です。

[2]「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」から導き出される権利

[3]「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」より

 

 

 特に現在では、北朝鮮が核ミサイル開発を急激に進めています。先日のミサイル発射実験は、「在日米軍の攻撃を担当」する部隊によって行われました。北朝鮮自身が「狙いは日本への攻撃である」と明言しているのです。

 

 こうした中、国民の生命を確実に守るには、より新しい迎撃システムを配備する必要があります。しかし「1%枠」内に限定された予算では難しいのも現状です。予算の編成は全体の中でのバランスを考慮して行わなければなりませんが、根拠なく1%枠にとらわれる必要もありません。

 

 反対派による「防衛費の拡大=日本の軍国主義化」というレッテル張りには、決して騙されてはなりません。国民を真に守るための体制が必要です。

 

 

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