緊急事態条項が焦眉の急


国民の生命・財産を守る国家の第一義の使命

 

 今年3月11日で、東日本大震災から6年を迎えた。復興はまだ途上である。それだけでなく、大きな課題を残したままである。それは非常事態が発生した時、国家・国民はどうするのか、という根本問題である。

 

 こういう時のためにふつう憲法には非常事態条項、あるいは緊急事態条項が明記され、重大事が起こっても右往左往しないようにしている。ところが、驚いたことに現行憲法にはその非常事態条項がない。「平和ボケ憲法」と言われるゆえんである。

 

 非常事態あるいは緊急事態というのは、どんな時のことか。それは外国から侵略を受けた、あるいは大規模な騒乱や経済パニックが起こった、また巨大地震などの大規模な災害が発生した時だ。そんな時は日常生活を送ることができなくなる。つまり常にあらず、というので非常事態、事が重大で急ぐ必要ある、というので緊急事態になる。

 

 こんな時は日頃のルールどおりの生活が送れない。混乱を回避し、みんなの生命や財産を守るために国民の権利の一部を制限し、あるいは義務を課して問題解決に当たらざるを得ない。また行政府に特別の権限を与えて、緊急事態を乗り越えていくことも必要になる。

 

 日頃でも緊急時には救急車やパトカーは赤信号でも渡り、一般車両は青信号でも止まる。このとき一般車は青信号で通行できる権利を返上していることになり、一方の救急車は超法規的に赤信号を無視して通行してよい。非常事態ではこうした権利の制限や超法規的措置をもっと大掛かりにやらないといけなくなる

 

 しかしながら、それを勝手にやられたら困る。事前に非常時のルールをきちんと決めておかないと、それこそ混乱が起こり、人権も奪われかねない。このことは国家・国民にとって最も基本的なことだが、それが現行憲法には緊急事態が起きたときに、どうするのかという規定がまったく書かれていないのである。

 

 東日本大震災では震災直後なかんずく原発事故後の菅直人首相(当時)の無能ぶりは目を覆うばかりだった。そこから浮かんできたのは政治家の資質もさることながら、全ての法制度の基礎となる憲法に緊急事態条項つまり「国家緊急権」が示されていなかった憲法の欠陥ぶりである。

 

 誰が総理でも憲法に規定がなければ右往左往し救える生命も失われてしまう。仮にこの事態を乗り越える指導力ある首相がいたとしても、その首相は憲法を無視して超法規的に対応するほかなくなる。何とも摩訶不思議な話ではないか。

 

ドイツは憲法改正し緊急事態へ態勢整備

 むろん他国の憲法ではそんな事態はあり得ない。日本と同じ敗戦国のドイツをみると、ドイツ基本法(西ドイツ)には当初、緊急事態条項がなかった。それでドイツ国民は1968年に基本法(憲法)大改正いわゆる「ボン基本法」を制定し、対外的、対内的および災害による非常事態への対処のために新たに緊急事態条項を設けた。緊急事態を「防衛事態」「緊迫事態」「同盟事態」「憲法上の緊急事態」及び「災害事態」に分類し、それぞれについて定義や確定の要件、効果等を規定している。

 

 またナチス独裁の苦い経験をもとに、緊急事態下で立法機能を休止させず、平時において国会議員の中から有事用「合同委員会」議員(48人)を選任し、緊急事態になれば地下壕に入って備えるなどとする規定も設けている。

 

 さらに「伝染病の危険、自然災害もしくは重大な災害事故に対処するために必要な場合、または、青少年を非行化から守り、もしくは犯罪行為を防止するために必要な場合にのみ、これを制限することができる」(11条)といった規定もある。

 

 世界で最初に緊急事態の法整備をしたのは、ほかならない「人権の国」フランスで、18世紀末のことだ。現在はフランス第5共和国憲法の第16条に大統領の非常事態措置権、第36条に戒厳令が明記され、きわめて強い権限を行政府に与えている。

 

 一方、イギリスは成文憲法が存在しないが、《マーシャル・ルール》というのがあって、緊急事態には政府に権限を与える規定を「1964年緊急権法」に定めている。アメリカ憲法は第2条2節に大統領が軍隊の総指揮官と規定、同3節に非常時の議会召集権を与え、非常時に大統領が力を発揮できるようにしている。

 

 こうした非常事態条項は国民の生命・財産を守ることを第一義とする国家の使命である。悲しいことにわが国の現行憲法にはこうした緊急事態条項がどこにもない。これを驚くべき怠慢と言わずして何と言えようか。

 

 その恥ずべき事態例をあげてみよう。95年1月の阪神大震災当時、地震災害は自治体~国土庁経由で首相官邸に伝えられることになっており、時の村山富市首相に第一報が届いたのは、実に発生2時間後という遅さだった。官邸に対策本部が置かれたのは発生4時間後。首相を本部長とする緊急対策本部がつくられたのは発生から2日後だったから呆れられた。

 

 また当時、自衛隊の災害出動要請は県知事が行うことになっていたが、未明の大地震に兵庫県知事も動転し、出動要請したのは発生後、なんと4時間以上も経ってからだ。結局、政府が自衛隊と警察官の本格的派遣を決めたのは、地震発生から40時間後という体たらくだった。これを教訓に災害対策基本法が改正されたが、憲法上の制度的欠陥は放置されたままである。

 

 また、非常事態と言えば、総理大臣が突然、倒れた時も該当する。2000年4月、当時の小渕恵一首相が脳梗塞で倒れ緊急入院した。この時、青木幹雄官房長官が首相臨時代理に就任したのは13時間後。この間、総理の職を担う人物が不在という異常事態にさらされた。憲法に総理不在時の総理の権限をどう扱うか、まったく記述がない。それで右往左往した。

 

 憲法に緊急事態条項を盛り込む。これは誰が考えても理がかなったことだろう。05年、憲法の問題点を論議した衆院の憲法調査会報告は非常事態条項が必要とする意見が多数を占めた。

 

衆院憲法調査会報告も非常事態への必要強調

 衆院報告では、①非常事態では人権など平常時より制約することが必要な場合があり、その措置と発動し得る要件・手続き・効果は憲法事項だ  ②非常事態への対応規定が設けられていないのは憲法の欠陥  ③非常事態では為政者は超法規的措置の発動を誘発することが多く、防止する規定が必要だ――などとしている。

 

 東日本大震災直後の2011年春、参院憲法審査会は「東日本大震災と憲法」をテーマに専門家からヒヤリングを受けたが、その中で駒沢大学名誉教授の西修氏は「憲法の真価は有事においてこそ発揮されるべきだ。国家の存続や、国民の生命・自由・財産を守っていけるかという所に憲法の真価がある。そのためには現行憲法の改正が必要だ。政府の中枢が崩壊したらどうなるのかということも含めて、国家が緊急事態に直面した際の対応を憲法に規定する必要がある」と指摘した。

 

 西氏が調査した国の中で憲法に緊急事態時の規定がない国は皆無だったという。永世中立のスイスでも民間防衛が発達している。日本は戦後、現実を無視した憲法解釈を続けてきた。ユートピア論を憲法に持ってくるのはいかがなものか、と西氏は警告した。

 

 野党の中にも緊急事態条項の必要性を説く人物はいることはいる。自由党の小沢一郎氏はかつて「(内閣の)最重要事項は緊急事態における内閣の権限を明確にさだめておくことである。…緊急事態が起きたときに、どうするのか、危機管理の基本が(自民党や他党には)まったく理解できていない」(『日本国憲法改正試案』文藝春秋1999年9月号)とまで言っていた。この言を思い出してもらいたい。今こそ超党派で緊急事態条項のない欠陥憲法を改めるときである。

 

 ところが、今年3月16日に今国会で初めて開かれた衆院憲法審査会では、大規模災害と国政選挙が重なった場合に国会議員の任期延長を認める緊急事態条項について話し合っただけである。むろん緊急事態時の国会議員の任期延長も重要ではあるが、緊急事態への対応としては枝葉末節と言わざるを得ない。国民の生命・財産をどう守るか、その一点で改正論議を進めるべきである。

 

(「世界思想」2017年5月号より転載)

 

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