人間を神とし殺戮正当化した共産主義


 国際勝共連合の機関誌「世界思想」の「500号記念インタビュー」として、「世界思想」2017年6月号に掲載された、外交評論家の井上茂信氏へのインタビュー記事(全文)をご紹介します。

 

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社会変革の理想を掲げた若者を大量殺戮者に仕立てた共産主義の本質、それが「ヒューマニズム人神論」である

 

――今年はロシア革命100年。20世紀の世界に大きな影響を与えた同革命で共産主義・社会主義社会が誕生した。冷戦終結後に生まれた若者が社会人となり、共産主義とは何か、わからない世代が増えてきた。そうした若者に、共産主義の影響を総括し、その本質について教えて頂きたい。

 

井上 20世紀、世界の若者たちは純粋で、特に高等教育を受けた人々は、自分たちが社会を改革する責任があるとして、社会改革の先頭に立つ意欲に燃えていた。その時に、彼らを導いた思想の中では、やはり「平等」について回答を持つ共産主義思想が、最も心に訴え動かしたのだと言える。

 

 ところが、その結果、「平等」を追求するあまり、平等のために大量殺戮さえ厭わない「モラルなき平等」が露呈することになった。

 

共産主義体制下で新たな格差と独裁者を生む矛盾

 つまり、そうした思想に取り憑かれた指導的学生たち、エリートたちの最大の問題点は、社会的平等という観念が善意から出たものであるけれども、そこには、モラルとか共産主義の本質についての認識がないために、大量虐殺を生んだ。それは例えば、毛沢東の中国でも、カンボジアのポルポト政権でもそうだった。日本でも新左翼の内ゲバ事件や連合赤軍事件などにも顕著に表れた。いずれも「モラルなき社会改革」を目指そうとしたものの現れだった。

 

 社会に平等をもたらすという考えの、動機は悪くないのだろうが、人間が人間の力でそういう社会的平等を実現しようとする、ある種の「傲慢さ」に気づいていない。

 

 彼らは「社会正義」を成し遂げるとして「社会革命」をやると、彼らは人間であるがゆえに堕落して、新たな独裁者になり、新しい「差別社会」を生むという自己矛盾に陥ってしまう。

 

 だから、これは「平等」という次元ではなしに、もっと高い宗教的・神的な次元での要素が必ず必要になる。このように、「平等」を至上とする共産主義は、大量虐殺・大量殺戮という地獄を生む、それが欠点ということになる。今の若者たちにとっては、分からないかもしれないのだが。

 

――政治を見る上で、地政学に基づく「ゲオ・ポリティクス」ではなく、宗教理解に根ざした「レリジオ・ポリティクス」を唱えておられた。特にレーガン政権時代について、このレリジオ・ポリティクスの観点から解説頂きたい。

 

井上 レーガン米大統領が偉いのは、それまでのアメリカ大統領が「偉大なアメリカ」と言った場合に、単なる愛国主義を中心に、国を引っ張っていったが、それとは違うアプローチをしたことだ。

 

 当時のアメリカでは、アイビーリーグと呼ばれるエリートの大学・学園や、マスコミ、さらにハリウッド映画界に左翼思想が蔓延。まさに「アメリカ」という国が内側から崩壊しつつあった。

 

 これに対しレーガンは、共産主義に対抗するには、単に軍事力だけではなく、「内なるアメリカ」を強くするために、共産主義イデオロギーを対象とした欠点、特に共産主義をはびこらせる素地となっている唯物論に対しどうするか、ということに目覚めたことが、まさにレーガンの「レリジオ・ポリティクス」だった。

 

レーガンよりアメリカの宗教的精神性がないトランプ

――レーガン政権に擬(ぎ)しているトランプ政権を、どう捉えるか。

 

井上 トランプ大統領の就任演説を見ると、愛国心やアメリカを再び偉大な国にする、という文言が出てくる。だがアメリカを強くするにはどうするかとなると、単に軍事力さえ強くすればいいと強調しているように聞こえる。

 

 アメリカを精神的に強くし成熟した国家にするモラリティ、精神性・道徳性・宗教性が、どうも感じられない。その点が、トランプの欠点であり、視野の狭さだ。

 

 アメリカの精神的特徴は、新しい大陸へ宗教の自由を求めて植民していった。その宗教と信仰の自由を求める伝統の精神がアメリカの本質と言えるものだ。アメリカの精神面の強さはこうした宗教性にあり、この本質がトランプの演説で謳われていないことが欠点だ。アメリカの精神的な退廃や共産主義的思潮の伸長といった自覚があまりないのではないか。

 

 トランプ大統領自身が「精神性なきアメリカの再生は不可能」という問題を、まず自覚すべきだろう。トランプは「強い大統領」なのかもしれないが、アメリカでは現実に、同性愛の問題をはじめ、様々な精神的な退廃が進んでいる。いくら軍事的に強くなっても、内面やモラル・精神面で退廃している、との危機感がなくてはダメだ。

 

 やはり演説を見る限りでは、アメリカ第一主義、愛国心など、トランプのそういった発言が、非常に空虚に聞こえる。

 

 アメリカの「強さ」とは、単に物質主義的な軍事力ではなしに、精神主義にほかならない。その最も基本的なものは、宗教の自由を求めてアメリカ大陸に渡ってきた移民たちの「自由の精神」だ。その基本的精神が、トランプ氏にはどうもないようだ。アメリカ人の心をどう取り戻すのか、という問題提起が大事だろう。

 

――オバマ政権以降、欧米で特に顕著になったのは、宗教的価値観・精神的価値観というものが、恐るべき勢いで宗教勢力が衰退して弱まり、「同性結婚合法化」の世界的な波及に至っていること。一方、イスラム世界では、イスラム原理主義勢力が伸長し、政治的に絶大な影響力を及ぼす現実。こうした宗教勢力の対比について、どのように捉えているか?

 

井上 イスラム教徒は元々「砂漠の民」と言われている。地政学的に説明すると、中東世界では、夜と昼の格差がすごい。昼の地上では灼熱の砂漠で、一転して夜になれば天上には星が煌く。そうした風土がイスラム教の土台となっている。普遍性がない点で、ある意味で「民族宗教」の段階に留まるところがあるのではないか。

 

―― 一方、「キリスト教の衰退」についてはどう認識するか?

 

井上 一つはローマ・カトリック教会が堕落し、「免罪符」を発行したりした。そのためプロテスタントによる宗教改革運動が起こり、ピルグリム・ファーザーズが信仰の自由を求めてアメリカに渡った。そうした人々が建国したはずのアメリカで、「神なくして地上天国をつくる」「宗教は愚者のアヘンである」といった唯物思想がどんどん入ってきた。その意味で、宗教家たちの堕落もあるが、宗教界の霊的精神的な覚醒がなくなったと言えるのではないか。 

 

――精神レベルが低下した?

 

井上 精神レベルが低下しているというか、物質文明にどっぷり浸かってしまい霊的指導者も不在の状況と言っていいのではないか。以前はマーティン・ルーサー・キング牧師や強力な指導者がいた。今の宗教指導者はレーガンの時代から比べても世俗的になっていて、ローマン・カトリックと同じく力を失ってしまった。

 

「神がいないから殺戮」と語るソルジェニーツィン

――先生は以前、本誌の連載記事でも、「神なきヒューマニズム」について、ソルジェニーツィンやドストエフスキー、ベルジャーエフなどロシア思想と絡めて共産主義者の発想や行動を論じられた。

 

井上 我々の頃もそうだったが、正義感が強い学生というのは、社会の矛盾や資本主義の堕落の問題から「平等な社会」を希求する社会主義思想に走りやすかった。そして、「宗教は愚かな人間のアヘンである」(『ヘーゲル法哲学批判叙説』)「神なくして地上天国ができる」という革命思想が盛んだった。

 

 しかし大きな問題は、革命を成就し権力を奪取して「支配者」になると、彼ら自身が必ず新しい「独裁者」となって堕落するということだ。マルクスは「神が人間を創ったのではなく、人間が神を創った。人間は人間にとっての神である」という「反神論」(戦闘的無神論のこと)を唱えた。

 

 「人間解放」を叫ぶマルクス主義の本質は、「神に反逆する世俗的ヒューマニズム」=「人間平等主義」に基づいていたこと。この点で共産主義の大前提は、「神の存在」「霊魂の不滅」(カントが「実践理性」と呼ぶ良心作用において要請されるとした)などの問題は、全く認めない立場だった。だから、宗教とか信仰というものは、「愚者のアヘン」と断じて否定し、「天」を地上に引き下ろし、神なしに地上にいわゆる《バビロンの塔》、すなわち共産主義社会を打ち立てようとした。そして、その資産が「カイザルの手」すなわち武力であったというわけだ。

 

 しかし、「神なき革命」のための手段として彼らが用いたのは、「神がいなければいくらでも人を殺せる」という大量殺戮だった。

 

 私がソルジェニーツィンにインタビューした時、「なぜ共産主義では大量殺戮ができるのか」と尋ねたことがある。するとソルジェニーツィンは「それは彼らには神がいないからだ」と答えた。

 

 ソルジェニーツィンは、「神や宗教がなければ、人間は人を殺すことも(良心の呵責なく)平気でできるようになる」といった。あらゆる道徳から解放された「神なき世界」こそ「人類の解放者」だということになる。そして、共産主義者のモラルというのは、「共産主義理念にとって役立つか否か」という次元でしかない道徳観で、我々の内心に持っている道徳律を認めない、ということが大きな問題だ。

 

――ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の次兄イワンによる「大審問官」の章でも、「神がいなければ全てが許される」というフレーズが出てくる。

 

井上 彼らの考えは、人が神になる「人神」、つまり神が人間を創ったのではなく、人間が神を創ったのだと。だから神を否定すれば何でもでき、モラルも全て勝手に決められる、という発想だ。

 

 それに対し、欧米を中心とした伝統的な宗教的価値観では「人間は被造物である」という意識があった。だが、カトリックの堕落とも相まって、欧米社会では「宗教は、支配者が愚かな大衆をコントロールするための道具」という認識から神と宗教が否定された。

 

 その背景はやはり、「神が人間を創ったのではなく、人間が神を創った。人間は人間にとっての神である」という「人神論」の考え方だ。そして「支配者だった神に反逆し排除すれば、我々自身が神となり、支配者になれる」と。

 

 ところが、人間が神になると、我々に内在する道徳律というものを認めなくなり、モラルが崩壊してしまう共産主義に役立つものが善であり、役立たないものは悪であるという認識だ。だから、共産主義に反対する者を何百万人殺したとしても「善」だ、という道徳の相対化がなされてしまった。

 

――物質還元主義の考え方に異を唱え、芸術的直観性や日本の西田幾多郎にも言及されたが、西洋のみならず、東洋の哲学や思想の可能性についてどう考えるか?

 

井上 我々日本人の心の中には自然との一体感があり、西田哲学もそうだが、欧米に見られるような絶対的唯物論ではなく、神を否定することもない。そして重要なことは、我々自身を超えた存在(村上和雄氏の「サムシング・グレート」のような存在)を前提としていることだ。そうした自然観からは唯物論にはならない。 

 

――そうした日本的な自然観と、西的な世界観との調和や統一というのは可能だろうか?

 

井上 世界から見ると日本人の受容性は驚異的だ。どの哲学者に聞いても、どんなことも受け容れるのは、日本が世界の最果ての国、つまり「辺境国家」だからできることではないかという。「排他性よりも受容性」とそこからくる「(ハーモニー)の精神」、それが日本文化の特質だと言える。その見事な手際感覚は、明治維新以後の近代日本に現れており、それが日本の強みと言えるのではないか。

 

――そうした日本の和の精神は、世界的に通用する普遍的なものとなりうるのか?

 

井上 確かに和の精神は、世界的に茶の湯がそうであるように少しずつ理解されつつあると言えるが、難しいだろう。西洋の論理は科学的合理主義の精神、いわば「排除の精神」。異質なものを受容しうまく利用できるように改変していくのが日本。それは西欧にとって「堕落」に見えるかもしれないが、特定のものを絶対化するのではなく、全てのものの「いいとこ取りをする」のが日本的な和の精神だ。でも実はそれが、宇宙や世界に対しての我々の採るべき姿と言えるのかもしれない。

 

神と通信回線もつ宗教家道徳法則を説いた文総裁

――世界思想は「共産主義は間違っている」と訴える国際勝共連合の機関誌として発行してきた。中国や北朝鮮など存続する体制共産主義に加え、文化や家族を解体する「内なる共産主義」たる文化共産主義との戦いが続いている。この勝共運動を創始した故・文鮮明総裁についてはどのような印象をお持ちか。

 

井上 人間には右脳と左脳がある。左脳は合理的計算が得意で、右脳は芸術とか宗教といった直観力が働くと言われる。その意味で宗教家は右脳で「神との通信回線」を持っていると言えるのではないか。芸術家も右脳で神がかったパフォーマンスを行いうる。科学的合理主義者の欠点は、左脳の論理理屈が全てだとすること。左脳で「なぜ花が美しいか」「音楽がなぜ美しいか」を説明できない。こうした理屈では説明できない世界をもつのが宗教家でもある。

 

 文先生とは一度会って握手したことがあるが、神との通信回線を持った希有な方。聖書に出てくるイエス・キリストや預言者も、そういうタイプで、科学的合理主義者からすれば、その言動が理解できないわけだ。

 

 文先生はかつて、「我々はビルの屋上から飛び降りたら100%確実に死ぬだろう。それが物理的法則だ。それと同様に、我々人間には精神的道徳的法則というものがある。それから外れた時、人間は必ず精神的に破滅してしまう」とうまいことを言われた。万有引力などの物質的法則のように明快に意識はされないが、この宇宙を支配している神の被造物である人間が、精神的道徳的法則に従わなければ、幸福な人生を送れない。そのことを意識して生きよ、ということなのだ。

 

【いのうえ・しげのぶ】1924年生まれ。

1944年神戸高等商業学校(現・神戸商科大)卒。産経新聞社ワシントン支局長、論説副委員長などを歴任。駒沢大講師、世界日報論説委員長、ラジオ日本「今日の論壇」解説者などを経て外交評論家。著書に『善の論理』『ドストエフスキーと共産主義』『女性革命の時代』『ソルジェニ−ツィンは警告する』(以上、善本社)『ゴルバチョフと文鮮明師』(世界日報社)など多数。